2009年10月

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09/10/31(Sat)

ある雑誌で大阪のホルモン焼きが特集されてまして、私が以前から抱いていた疑念をここに書こうと思います。この特集でも、大阪は食い道楽で食べ物を無駄にする事は決してないのだというトーンで記事が書かれています。船場汁は鯖の中骨でダシをとった汁ですし、ホルモンは本来捨てる物(=ほるもん)が語源で、そこに大阪の食のこだわりが見えると。

でも、食べ物に“ほるもん”なんて名前を付ける時点で実はイマイチ分かってないんじゃないの?と思ったり。故・壇一雄が書いていましたが、日本人の食文化は確かに凄いものがあるけれど、コト肉食に関しては欧米に一日の長があります。そして特にフランスなんかでは、正肉よりも内臓肉の方が値段が高かったりするんです。つまり、内臓肉はロースの様にただ切って焼けばいいというわけではなく、癖が強いゆえに、美味しく食べるにはそれなりのノウハウが要るけれど、それを分かっていればとても美味しいので価値が高いんです。

まぁ、何が言いたいかというと内臓肉を“ほるもん”と名付け、本当は捨てるもんだけど俺達食べるんだぜ凄いだろうと自慢した時点で、グルメのスタンスとしてはどうなんだと。問答無用に毛嫌いしてしまうよりはマシですが、五十歩百歩のような気もします。まぁ、ホルモンの語源は“ほるもん”じゃないという説もあって、そうなると私の論証は無意味になりますけどね。

09/10/30(Fri)

大量に貰ったアサリの佃煮を迅速に消費すべく、ここのところずーっとアサリの炊き込みご飯を作ってきました。アサリのエキスがご飯一杯に広がってとっても美味しい。美味しいのですが、ずーっと作ると流石に飽きます。佃煮を1/3ほど消費した所でギブアップ。もう無理、茶色いご飯はしばらく見たくありません。というわけで、今夜は実に久しぶりの白飯、いわゆる銀シャリってヤツです。

いやぁ、やっぱり美味しいですね銀シャリは。噛めば噛むほど甘味が出て、どんなおかずにもよくあう、まさに日本食の核。それでも、子供の頃…多分小学校卒業くらいまで…は、こんな味のないもののどこが美味しいんだ、と思ってたんですよ。時々、ご飯にマヨネーズをかけて食べるという人の話を目にする事がありますが、気持ちはよく分かります。琴欧州だったかな?来日して一番辛かった食べ物が味の無い白米で、ケチャップやマヨネーズをかけてやっと食べていたというのを聞いて、まぁそれもそうだろうなと思いました。

でも、一旦その美味さに開眼してしまうと、最後はやっぱり白米だよねとなってしまうのが不思議。ただそれにしても、最近の特に女性はご飯を食べませんね。うちの職場にも何人かお弁当を持ってくる人がいるんですが、そんなに小さいお弁当箱で夕食まで大丈夫?と他人ながら心配してしまいます。ご飯なんて多分、小さなお茶碗に八分目くらいしか入っていません。うちの基本は一食一合…お茶碗に軽く大盛り二杯なので、そっちの方が食べすぎだといわれると一言もないんですが、私はどちらかと言えば痩せすぎの体型なので、これで太るということは無いと思うんですけどね。

09/10/29(Thu)

常日頃、何かどこかでケチれないものかと鵜の目鷹の目で探す私の目に入ってきたのが、最近飲んでいる紅茶のティーバック。中国茶は何回も淹れるのに、紅茶のティーバックは一回こっきりの使い捨て。何とか、3回くらいは淹れられないものだろうかと考えました。思いついたら即実行。飲み終わった急須に再びお湯をさし、紅茶2ポット目にチャレンジ。

結論から言うと、ダメダメでした。色はまぁ出ます。ウェッジウッドか何かの茶器に入れて出せば、まぁ紅茶だなと認識できる程度にはなりますが、いかんせんこちらは直前に一杯目を飲んでいるので、味・香りの落ち方が急激過ぎてついていけません。中国茶は薄くなりつつも味に変化が出るので、2杯目には2杯目の味わいがあるのですが、紅茶に関して言えばただ劣化するだけなので、楽しみようがないのです。2ポット目も楽しめるなら、一つのティーバックで二度美味しいなどと皮算用をしてみたのですが、うまくいかないものですね。

お茶は食事と違って純粋に嗜好品なので、不味いのを我慢して飲むくらいならば口に入れない方がマシです。それにしても、中国茶が何回も美味しいのに対して、どうして紅茶のティーバックは一回で使い切ってしまうんでしょうね。何か不思議です。

09/10/28(Wed)

つい先日まで、Tシャツ一枚&短パン&裸足という超カジュアルな格好で部屋の中をうろうろしていたはずなのに、気がつけばこの寒さは一体なんですか?寒さに極端に弱い私の服装は、急激に厚くなってきています。フリースの上下に登山用のインナーウェア、靴下も分厚いフリース製。曲がりなりにもまだ十月だというのに、こんな風になってしまったら、極寒の二月なんてどうするんでしょうか?今から心配です。

まぁでも、厚着ってエコですよね。世の中エアコンの設定温度を○度下げてCO2を◎%削減だとか言ってる時に、厚着をして気合で冬を乗り切ってしまえば、相当なCO2が減らせる筈。まぁ、そんなことをやるのは私みたいなケチで物好きに限られますけどね。ただ、厚着といっても結構コツがありまして、手先・足先の末端部と首周り、ここを重点的に守れば比較的効率よく効果が上がります。流石にまだ指無し手袋とカシミア(安いヤツ)のマフラーはまだ出してませんが、そんなに遠くないんでしょうねぇ。あぁ本当に寒いの嫌い。早く春にならないですかねぇ、とまだ冬にもならないのに愚痴っている私です。

09/10/27(Tue)

ピーナッツを一袋貰いまして、またいつもの悪い癖が出てしまいました。1週間くらいゆっくりかけて食べよう、今日は一握りくらいにしておこうと固く心に誓った筈なのに、気がつけば全部なくなっていました。ピーナッツってスイスイ食べられる割には、油もしっかり含まれてるし、何より高カロリー食品なんですよね。おかげで今朝は胃がなんだか重いです。

毎回反省するんですが、どうにも治りません。やっぱり私は、スナック菓子などは絶対に買ってはいけない体質のようです。私は非喫煙者なので、禁煙の苦しみは分かりませんが、もし私が煙草を吸っていたら、絶対に禁煙できない自信があります。煙草・灰皿・ライター、決心して全部捨てても、夜中にどうにも我慢できなくなって、コンビニに走っちゃうタイプ。酒も一緒。よくぞまぁ、両方に縁のないままここまで過ごしてこられたと、ある意味その幸運に感謝してたりするのです。

09/10/26(Mon)

少し前に勝間というおばちゃんが、ネット上での匿名を無くすべしと吼えていましたが、うちは今も昔も変わらずバリバリ匿名。本名を晒すつもりは現状ありませんし、住んでいるのは都内某所ということで、それ以上の情報公開の予定もありません。というわけで、文章内での固有名詞もなるべく避けている…つもりです。が、私が登録しているテキスト庵というリンク集で、どうも私の非常にリアル近所に住んでいる人がいるみたいなんですよね。その方の日記でポロポロ出てくる地名やお店の名前、一部が伏字になっていても、どう考えてもあの店だろうと。

特に休日ともなれば、私は徒歩や自転車でその辺をフラフラしているわけで、実際に何度かすれ違っている事も十分考えられます。でも、流石にその方も自分の顔写真まで晒しているわけではないので、現状ではすれ違ってもその方だと認識する事は出来ません。文章そのものは、数え切れない回数読んでいたりするんですが…。なんか、現代ならではの不思議な関係だなぁと思ったりしまね。私はそれを勝間おばちゃんみたいに悪いとは思いません。ただ、よく考えて見ると実に不思議だなと。そこまで行かずとも、某ゲームソフトのように、お互いが知らずの間に新宿や渋谷の雑踏ですれ違っている可能性もあるわけで、面白いですね。

09/10/25(Sun)

紅茶のティーバックをダースで貰いまして、今まで朝の一杯は緑茶だったんですが、とりあえずこっちに変更。私は飲食物に関しては、○○じゃなきゃダメというのがほとんど無くて、お茶に関して言えば、熱くて色と香りがそこそこついていれば何でもオッケーという無頓着ぶり。敢えて言えば、一番好きなのは烏龍茶。それも、ペットボトルで売ってるヤツじゃなくて、茶葉からキチンと自分で淹れたやつ。でもまぁ、何だって良いんです。

何せ最も重要なのは“使い切っていくコト”ですから、今回緑茶から紅茶にチェンジしたのも、別に紅茶の方をより飲みたかったわけではなく、同じペースで飲んでいったら、紅茶の方が早く飲み終わりそうだっただけの話で…。ホント、御茶屋さんには申し訳ない人間なんです。

でも、つくづく思うんですが、ティーバックって便利ですね。むき出しの茶葉でお茶を淹れた後の急須を洗うのって、結構面倒なんです。細かい茶葉が下水に流れていかないように網ですくいながら中をすすぎ、口の所が狭くなって手を突っ込みにくい中の方まで布巾を突っ込んでキレイに拭きあげなきゃなりません。ティーバックでも拭く手間は一緒ですが、茶葉を洗い流す手間が要らないんですよね。コレはお手軽、売れますよ。

人間というのはどうしても易きに流れるもので、コレを更にずぼらにしたのがペットボトル。アレなんて私から見たら天国のような簡単さですよ。既に温められたのを売っていて、キャップをひねればすぐ飲めて、後片付けもペットボトルをポイと捨てるだけ。まぁ、買いませんけどね。激しく話が逸れましたが、私が言いたかったのは、ティーバックというのは便利だなというコト。トワイニングのアールグレイで、味はまぁ全然大したコトありませんけど、とりあえず朝イチでお腹が温まればそれで良いので。別に白湯だって良いくらいなんですから、ホントお茶好きには申し訳ないくらいの音痴っぷりなんです。

09/10/24(Sat)

ここのところ新米が美味しくて、冷凍庫の中で使いかけの小麦粉がすっかり放置されてました。冷凍庫というのは湿度が非常に低いという点では小麦粉の保存に最適なのですが、同時に冷凍庫特有の臭いが食品に移ってしまうという欠点もあります。特に周囲の臭いを吸いやすい小麦粉はなおさら。というわけで、残った小麦粉(約250g)をとっとと食べ尽くす週間をはじめました。

小麦粉を素早く使い切るための料理といえば、何といってもウドン・パスタです。これだと一食に150gの粉を使うことが出来ますんで、ちょっと少なめに作って250gだとたった2回で全量を使い切れます。ただ今回は、米を主食に置いてという前提付きなので、ウドン・パスタは不可。次に使い切る効率がいいのはお好み焼きですが、生粋の関西人で無い私は、お好み焼きをおかずにご飯を食べるという純血種の技能は持ち合わせていませんのでパス。

というわけで、必然的にうかんできたのがスイトンです。戦中料理・貧乏料理の代表格のように言われるスイトンですが、キチンとダシをとり、具を充実させれば、十分美味しい一品となります。ただし、一回に使える量が少ない。うちの場合、小麦粉25gに水15ccを練り合わせた団子が一食分となりますんで、250gだと計算上は10回分もとれてしまうことになります。毎食スイトンというわけにもいかないので、11月半ばまではかかりますかねぇ…。現状でのうちのスイトンは、削りたての鰹節でダシをとり、味噌は自家製味噌。葱は自家製フリーズドライで蓄えたヤツで、これまた冷凍で蓄えてある油揚げを一回につき1/4枚。そこに乾燥ワカメを加えて、あとは冷蔵庫の中にある野菜を適当に。ほとんどストック品ばかりですが、コレが結構贅沢な具沢山汁になるんですよ。

09/10/23(Fri)

昨日の続き。同居していた私の祖父母はどちらも私が東京に出てから、それもある日コロッと亡くなりましたんで、今回の大家さんのケースは目の前で痴呆が進んでいく様子を見るいい機会になりました。特に家賃を手渡ししていた頃は、月末に必ず顔をあわせるわけで、あぁまた進んだなと…。

痴呆症は病気の一種ですから、コレが原因だと決め付ける事は出来ません。ですが、喫煙が肺癌の大きなリスクになるように、痴呆症にも大きなリスク要因はあると思いました。それはズバリ性格。大家さんは極めてネガティブな性格のうえに、無趣味でヒキコモリだったんです。会話はとにかく全てにおいてネガティブ。“もう○○は出来ない、○○にも行けない、○○さんにも会えないetc”会うたびにずーっとこの調子でしたから、そりゃ病気にもなりますって。最後の方は家賃を払いに行って顔を見るのが嫌になってましたから。某中畑サンみたいに、毎日絶好調でいろとは言いませんが、出来ない事ばっかりを考えていても、ロクな事は無いなと思いました。

そしてヒキコモリ。数年前に亡くなった旦那は、箸の上げ下ろしもやってあげないといけないような昭和の男。一日中手間のかかる旦那の世話をしていたのが、その旦那が亡くなっちゃってポッカリやる事が無くなったんですね。昔は誰でも知ってるような大企業の経理に勤める日本のOLのハシリで、有楽町や銀座でショッピングや映画を楽しむハイカラ・レディだったみたいですが、老後まで持続する趣味が無かったんです。やる事が無いもんだから、家の中でテレビ漬けの毎日。お菓子大好きでスナック菓子片手のテレビ漬けでマトモな食事はしなくなり、生活も昼夜逆転。今問題になってる、ダメな若者の生活そのまんま。そりゃ、病気にもなりますよ。

毎日前向きに、規則正しい生活を送る。たったコレだけの事ですが、死ぬまで続けるのは難しいんでしょうねぇ…。ちなみに、実家の祖父母はとにかく亡くなる前日まで畑を耕してた人達でした。規則正しい生活は折り紙つきですが、前向きに…などとは考えていなかったと思います。ただ、季節が巡りにあわせて折々の畑仕事をこなしていただけのようにも見えます。でも、そういう風にやる事が死ぬまであるというのは、幸せな事なのかもしれないなと今は思いますね。

09/10/22(Thu)

うちの隣に住む大家さん、最近すっかり痴呆の症状が進んできて、親戚の家に引き取られるかという話も出ているくらいです。もうお金のやり取りも満足に出来ないので、以前は手渡しだった家賃も最近では振込みに変更しました。判子の場所が分からない・自分の名前のサインが書けないとなるともう、仕方がありません。というか、一人暮らしをさせるのは危険過ぎるというレベルです。そんなわけで、なるべく面倒事はかけないようにしているのですが…。

最近、うちの水道から水が漏れるようになりまして。コマパッキンが原因なのは一見して分かったので、ホームセンターで買ってきて交換しようと思いました。でもまぁ、一応形だけでも大家さんに許可をとってと思ったのが間違いでした。“あぁ、いいですよ”と一言もらうだけで良かったんですが、痴呆症ってそんなもんじゃないんですね。日頃のルーティーンを外れる質問をされて、頭の中で情報がオーバーフロー。頭を抱えてうずくまり、倒れてしまいました。

コレには本当にビックリですよ。ここ数年で一番肝を潰したといっても過言ではありません。すぐに救急車を呼び、緊急の場合にはと教えられている大家さんの親族に電話。あとで聞いた話ですが、最近よくある病院のたらいまわしも無く、うちから歩いてすぐの病院で手当てが受けられられ、すぐに回復したそうです。

大家さんの姿を完全に正常だった状態から、徐々に痴呆が進んでいく姿を逐次見ていると、痴呆症の介護は本当に大変だろうなぁと思います。アレは、下手したら介護をする家族が壊れますね。今回は本当に肝を冷やした一件でした。

09/10/21(Wed)

随分涼しくなってきまして、ついに今シーズン初の白菜を購入。半玉78円だったのを衝動的に。やや小ぶりの玉だったんで、際立ったお買い得感は無かったのですが、それでもこの値段。白菜のお浸しが大好きな私は、我慢できずに買ってしまいました。うちで白菜というと、三つしかレシピはありません。お浸し・浅漬け・水炊き、コレだけです。でも、下手に色々味をつけないほうが、白菜の甘味が前に出て美味しいんですよね。今回はその中でも一番好きなお浸し。

作り方はアホみたいに簡単。白菜は2〜3センチほどにザク切り、芯の部分はスライスにします。これを沸騰したお湯でサッと茹で、冷たい水をくぐらせてからてでギュッと絞ります。そこに掻きたての鰹節・醤油・塩で味付けをするだけ。もうシンプルここに極まれりというような調理方法なのですが、私はコレが大好き。今回は半分の1/4玉を調理しましたが、これが大体3〜4日で全て私のお腹の中に消えてしまいます。もう少し寒くなってくると、この白菜のお浸しはうちの冷蔵庫の中に常に存在する事になるのです。それにしても、考えて見ればあと10日やそこらで11月なのですね。

09/10/20(Tue)

実家から浅利の佃煮の500g袋が送られてきました。妹の嫁ぎ先実家の名産なのでよく貰うそうなのですが、実は超・偏食の両親。佃煮はあまり好きでないらしく、ほとんどがうちへ。子供の頃は私のたった一つの苦手である椎茸をあれほど手を変え品を変え食べさせようとしたくせに、正直あの二人にこれほど嫌いなものがあるとは知りませんでした。まぁ、それは置いておいて。

賞味期限、既に切れてます。どうやら出荷から2週間でこの佃煮の賞味期限は切れるようです。でも、ほぼ醤油の塊である佃煮の賞味期限がたったの2週間なんてありえません。表示は当然のように無視。食べられるか食べられないか、それは全て私基準で決定します。コレはオッケー。こういう商品を手に入れてまずやる事は、タッパーに移す事。袋の一部を切って洗濯バサミで挟むというのをついやりがちですが、それだとどうしても汚れてしまいますし、取り出しにくいためについ使うのが億劫になったりもします。すべからくタッパーへ。

うちに来た佃煮はほぼ9割以上が炊き込みご飯の具となります。浅利の場合は細かく刻んでご飯に混ぜて炊くだけ。3合につき6個程度です。具としてではなくあくまで味付けとしてなので、見えるところに形のいいのを乗っけて…とかはやりません。味がつけばそれでよし。また、塩加減は一般的に市販されている炊き込みご飯の半分にします。あくまでご飯であって、おかず炊き込みご飯にはしないという方向で。最初の一回では、佃煮が入っていたビニール袋の内側を洗った水をご飯を炊く水に加えて、ちょっと得した気分。どこまでも小市民な私です。

09/10/19(Mon)

20代の頃は鶏肉といえばモモ肉。なんといってもジューシーな照り焼きが一番でしょう、などと思っていたものですが、年月を経て好みも枯れてきました。今はムネ肉。何より安いですしね。近所のスーパーでは週に一度程度の周期でグラム39円の日がやってきます。そんな日にうまく巡りあうと、かなりの確率で買ってしまう私。冷凍庫&常備菜にストックがあれば買いませんけど、なければ買ってしまいます。700gほど入った大盛りパックでも300円しないのです。そして問答無用に高品質のたんぱく質。これは買わずにはいられないでしょう。

ほとんどの場合、買ったムネ肉はボイルになります。ムネ肉の最大の弱点は、火を通しすぎるとすぐにパサパサになってしまう事。逆に、この弱点をうまくカバーしてやれば、一級の食材になりえます。鍋にムネ肉とヒタヒタになる程度の水を入れ、やや辛目の塩・胡椒・ローリエを入れて水から点火。沸騰してきたら火を弱め、アクをすくって1分ほど煮ます。全然火が通っていないレアレアな状態で鍋を火から下ろし、蓋をして保温用のダンボールの中へ。そのまま半日ほど放置すれば、パサパサにならずしっとりと火が通り、とてもグラム39円とは思えない代物に化けます。

最近気に入っているのが、このボイルを使った鶏茶漬け。熱々のご飯に千切りにした鶏肉を少々。塩をパラリとふりかけ、これまた熱々の緑茶と鶏肉の茹で汁を2:1くらいの割合で注ぎます。鶏肉のてっぺんにワサビをちょこっとのせ、海苔をパラリと振れば完成。原価を考えるのが申し訳ないほど幸せな味がするのですよ。

09/10/18(Sun)

本日の一品は芋の茎のキンピラ。かなり以前に送ってきた実家箱の中に入っていたんですが、面倒なんでそのままになってました。いい加減食べないと傷むので、重い腰をあげて。芋の茎というのはサツマイモの茎です。東京で売っているのは、十年以上こっちに住んでいる私でも、数回しか見た事がありません。太さ5mm・長さ30cm程の紐状の食べ物で、皮を剥くのがとにかく面倒臭いので、販売しても売れ残ってしまうでしょう。だいいち、普通はこんなの食べ方すら分かりませんしね。

でも、実はかなり美味しいのです。しゃきしゃきと歯応えがあって、その向こうにほんのりとサツマイモの香り。近い食材をあえて挙げるなら、蕗の細いヤツでしょうか。下茹でをして皮を剥いた芋の茎を5cm程の長さに切り揃え、砂糖と醤油で炒りつける様に煮てから、最後に鰹節をザパッと加えるのです。下茹で作業さえ超えてしまえば、あとは楽勝なんですけどね…。家でサツマイモを作ったのなら、芋だけじゃなくて、茎も捨てないで食べるべきですよ。

09/10/17(Sat)

愛用のラジオが壊れまして、結構頭にきています。草むしりの時に愛用しているやつなのですが、しゃがんだり歩いたり、とにかく少しでも角度が変わると電源が切れてしまうので、全く役に立たなくなってしまいました。コレ、もし1,000円程度の安物なら私とてここまで頭にくることはありません。結構高かったんですよ。

今から10年ほど前、物欲アリアリだった頃の私が、何故か短波放送も聴ける携帯ラジオが欲しいと思い立って買ったのが今の品。当然すぐに飽きてずっと死蔵してまして、再稼動したのが半年ほど前に草むしりを始めた時。つまり、実働時間はたった半年なわけです。

で、肝心のお値段はといいますと、価格.comで調べたところ、定価13,000円で最安値が1万円強。当時も確かそれくらいの値段で買った記憶があります。クチコミの評判は結構良いんですけどね。やっぱりsony。噂のタイマーが内蔵されていたに違いありません。1万円も出しておいて、半年しか聴けないラジオをつかまされたわけで、ホント頭にきますわ。というわけで、次のラジオは量販店で安物を買うことに決定。もう短波は要りません。AMとFMが聴けるだけでオッケーです。なるべく機能が少なくて、壊れにくそうなのを狙おうと思っています。

09/10/16(Fri)

いつの頃からか届く荷物の結束がことごとくPPバンドになってしまいました。ビニール紐で縛られていたのはそんなに昔の事ではないと思うんですけど、すっかり見かけなくなりましたね、ビニール紐。個人的にはこのPPバンド、何の再利用も出来ずに捨てるだけなので、とても残念に思っています。過去に、クルッと丸めると大量の鰯を簡単に三枚におろす道具を作れるというのがありましたが、鰯なんてそうそうおろすもんじゃないですし、第一この道具を作るには15cmほどのPPバンドがあれば十分に事足りてしまいます。それに、PPバンドをただゴミ箱に捨てると、弾性で跳ねまくってゴミ箱から飛び出てカッコ悪い。結局ゴムか紐でまとめて捨てているのですが、捨てるためにわざわざどうしてそこまでせねばならないのだと。

その点、ビニール紐は良かったですね。捨てるにしてもかさばらないし、何より捨てる必要がありませんでした。繋いで保存しておいて、新聞を束ねて出す際に使えましたし、何よりただの紐ですから、汎用性の高さは折り紙付き。個人的にはPPバンドはビニール紐に戻して欲しいんですが、店での作業効率は圧倒的にPPバンドですからねぇ…。もう戻る事は無いだろうと思うと、大変残念です。

09/10/15(Thu)

今日のお買い物は納豆。いつも欠かさないチラシによる情報収集によると、いつも4パック73円で買っている小粒納豆が、今日に限って68円。5円も安いのです!…と、流石にここまで微妙な値下げだとあまりテンションも上がらないのですが、安いことは安い。それに、納豆の残りストックもちょうどあと一個。別に5円に目が眩んだわけじゃないですよ、しっかりゲットしました。そんな私の買い物スタイルを考えつつ…。

世の中に料理漫画は沢山ありますが、現在連載中のもので私が気に入っているのが、どちらも週刊モーニング連載の、“クッキングパパ”と、“きのう何食べた?”です。前者はやや現実離れしている部分もありますが、問答無用の読んでて安心漫画。それに対して、後者の主人公の買い物・料理のスタンスは私に非常に近い気がして、気に入ってます。公式サイトの解説によると、“都内某所2LDKに男二人暮らしで住む、筧史朗(弁護士)43歳と矢吹賢二(美容師)41歳の「食ライフ」をめぐる物語です。ちなみに1ヵ月の食費は2万5千円也。”料理を作るのは主に筧史朗の方なのですが、買い物や料理の仕方が、妙に几帳面。自分になぞらえて笑ってしまいます。ちなみに、ゲイカップルなので、世間のゲイに対する風当たりの問題などを柔らかく取り扱ってはいますが、絵柄は淡々としてますし、絡みなどは一切無いのでお子様でも安心。

次点の料理漫画としてはイブニング連載の“おせん”があげられます。ただ、最初は相当楽しかったんですけどね、最近はどうにも説教臭くなってきて、美味しんぼみたいな風情が漂ってきたので、殆ど読まなくなってしまいました。というわけで、たまには好きな漫画紹介など。

09/10/14(Wed)

先日ラジオを聴いてましたら、生活騒音というのが問題になっているみたいですね。工場の機械音や飛行機の音といった従来の騒音ではなく、部屋を歩く音・ドアを閉める音・洗濯機を回す音など、普通の生活を送る際に出る音で隣近所とトラブルになってしまうのだそうです。そういえば、都会では風鈴もおちおちつけられないという話を聞いた事もあります。世知辛い世の中になったものですね。

ただしコレ、音を出す側が一方的に悪いというわけでもないなという気がしました。“隣の部屋の女性が、夜中にコツコツとハイヒールの音を響かせて帰ってくる。集合住宅では特に夜中、建物に入る前にスニーカーなどに履き替えるのが常識だ”と主張する人。う〜ん、都心の生活ではそこまで気を遣わなきゃいけないんですか?というのが私の感想。“学校のグラウンドに面した部屋に引っ越しました。日当たり・見晴らしがよく、最初は喜んでいたのですが、朝から晩までサッカーや野球の練習の声が気になります。学校側に改善を要求したのですが取り合ってもらえません”と主張する人。それは、分かりきってた事じゃないの?と思ってしまったり。

幸い、現在の私の部屋では、隣近所の音がうるさくて困るというのはありません。唯一、隣の家の男性がベランダに出て吸うタバコの煙が嫌だなぁと思うくらい。そんなに好きなら、閉め切った部屋の中で副流煙まで100%味わい尽くせば、などと黒い事を思ったりはしますが。まぁ、気にし始めたらキリがありませんから、常識の範囲内であるならば、テキトーに流すのが一番かと。…その常識が他人によって全然違うのが一番の問題だったりもするんですけどね。

09/10/13(Tue)

先日の三連休で、プチ夏の片付けをしました。1.冷凍庫に入れておいた氷枕用アイスノンを取り出し、常温保存に変更。流石にこの先、風邪でもひかない限り氷枕の出番はないでしょう。冷凍スペースは限られているのに、使いもしないモノを入れておく余裕はうちにはないのです。とっとと取り出して、結露予防に古新聞の上で解凍してから押入れの所定の位置へ。

2.蚊取り線香皿の掃除。夏場はずっと腰に携帯用蚊取り線香皿をつけて草むしりその他の庭仕事をしていましたが、すっかり涼しくなり、蚊を見かけることはなくなりましたので、お役御免。1シーズンの間についたヤニを落とします。ヤニは水溶性なので、洗面台に水を貯め、半日ほど漬け置きしてから古い歯ブラシでこすればオッケー。洗剤は不要です。

蚊取り線香皿の説明書には、10〜15巻ほど使ったら洗ってくださいと書いてあったのですが、1シーズンで使ったのは9巻。毎日30分〜1時間程使ったので、シーズン中に1回掃除の必要があるかなと思っていたのですが、1シーズンもってしまいました。蚊取り線香って、燃えて無くなるので非経済的なイメージもあったんですが、意外にコストパフォーマンスが良いですね。まぁ、寝ている間に1巻丸々使い切る、なんていう豪快な使い方をすればあっという間でしょうが、私は寝る時に使う際は、必要量だけ予め折ってしまいますし。三連休はお出かけが多かったので、今回の夏の片付けはココまで。来週は明らかに夏服なものを片付けなきゃいけません。あぁ、面倒臭い

09/10/12(Mon)

ここのところ、実家からの野菜便の頻度が高くて、コレだけの野菜をキレイに処理できるかと挑戦されているようで、燃えてます。葉物は濡れ新聞紙で包んで冷蔵庫へ、根菜類は新聞紙で包むなりむきだしなり、ケースバイケースで常温保存。涼しくなってくれて本当によかったです。葱は片っ端から刻んで、丸一日の天日乾燥の後フリーズドライに。生姜は甘酢で煮てタッパーに。葉物の中に好物の大根抜き菜があったので、コレは軽く塩漬けした後浅漬けに。

ホント、こういうところだけはマメだなぁと、自分でも感心してしまいます。でも、こういうのって自分の家で野菜を作っていると、多かれ少なかれ直面する事態なんですよね。スーパーでお金を出せば、好きな野菜を好きな量だけ買える小売のシステムは、こんな問題で悪戦苦闘する私からすると、夢のようなシステムです。キャベツだって、食べきれないと思ったら1/4玉から買えるんですから。

でも、自分の家で野菜を作っていると、採れる時期はハンパ無く採れて、採れない時期は全然採れず、そして採れる時期はとっても短いのが通常です。でも、人間は一年を通して何か食べていないと生きていけませんから、知恵を絞ってそれを保存し、長期間かけて食べられるようにするわけです。昔なら干す・塩に漬ける・酢に漬ける、今なら冷凍・冷蔵。冷凍・冷蔵は手軽ですが、うちの小さな冷蔵庫ではスペースが極端に限られるので、全部が全部そうするわけにはいきません。そんなもんで、仕方なく昔ながらの手段に頼るわけです。周囲が思っているように、伊達や酔狂でやってるわけじゃないんですけどね。…いや、やっぱり伊達や酔狂ですね。親に野菜を送るのを減らせといえばいいわけですから。でも、向こうも食べ切れなくて腐らせるよりはと送ってくるわけですし、挑戦されてる感もアリアリで、頑張ってしまうんですよね。

09/10/11(Sun)

先日は友人に誘われて、都内某イベントに顔を出してきました。川辺の緑地に手作りの食べ物(レモネード、焼き林檎、マフィンetc)とか、焼き物、木工の品々が出展された、まぁ手作り品の市のようなものです。参加者は若い層が中心で、今流行のモリジョっていうんですか?スッピンに近いメイクで、オーガニックコットンですっ!みたいな服を皆着てて、そんな感じ。

私、食生活をはじめとする日頃の暮らしぶりから、周囲にこういうのが大好きだと誤解されている節があるんですよね。いえ、5年前なら大感激でもって行った現金を全て使い尽くす勢いで色々買い倒したと思うんですが、先日のイベントではお買い物ゼロ。相変わらず嫌いではないんです。どっちかというと、今でも好き。専業でやっている人は多分少ないのでしょう。一年かけて作り貯めた自信作を持ってきて、周りには同好の士、お客さんもそういうのが好きな人ばかりなので、かなり楽しそう。見ているだにほっとします。幸いお天気に恵まれ、日差しの降り注ぐ川辺の空き地はなかなかの気持ちよさでした。

でも、今の私の趣味とはちょっと違うんですよね。仮に部屋が全焼して、家具の一切合財を買い直さなくてはいけないとなったら私、多分無印⇒IKEAの順番で回ると思います。もう、そっけないくらいシンプルな家具を希望。個人の思いいれたっぷりに作られた食器は、ちょっと重いかなと、そういうお年頃なんですね、きっと。

09/10/10(Sat)

今日の一品は、イカのゲソとエンペラを砂糖醤油に漬けて焼いたヤツ。イカはゲソ&エンペラ3杯分150円ってのを半月ほど前に買って冷凍しておいたもの。作り方自体は別にどうということはないんですが、計画性だけは求められる一品です。何せ、解凍⇒調味料への漬け込みと二段階も時間のかかる工程があるんで、食べたくなったからすぐ食べようというわけにはいきません。

今回の場合は、1.夜寝る前にイカを冷凍庫からシンクの上に移動。夏場なら冷蔵室なんですが、ここのところ随分涼しくなってきたので、室温でもオッケー。2.朝出かける前に、スーパーのビニール袋に解凍の済んだイカと、醤油・酒・砂糖などの調味料を突っ込み、手で揉んでから、ビニール袋のままタッパーの中へ。それを冷蔵庫に移してからお出かけ。以前はタッパーの中で直接調味料とあわせていたんですが、こちらの方が調味料が少なくて済むのです。何せ、ドケチですから。

夕方帰ってきたら、焼いて食べるだけ。網で焼いてもフライパンで焼いてもいいんですが、今回は何となくフライパン。タレを少量加えて、ちょっと煮詰める感じにするとなおよろし。昔の演歌に、“肴は炙ったイカでいい”というフレーズがありますが、コレってホント失礼ですよね。“で”っていうのはイカに対する敬意が足りないと思います。醤油誰の絡んだイカ、本当に美味しいんですから。

09/10/09(Fri)

ここのところ急に涼しくなってきたので、今までのようにタオルケット&掛け布団では少々心もとなくなり、約半年振りに毛布を出してきました。半年前はしっかり使っていたはずなんですが、毛布ってこんなに重かったんですね。綿の掛け布団と毛布の重みが合わさって、夜明けには体がやや痛いというありさま。まぁ、すぐに慣れるとは思いますけど。

何年か前、この状況を憂慮した私は、実家で羽毛布団を試してみたんですが、一晩でダメでした。私は相当寝相が悪いらしく、軽い羽毛布団だと跳ね飛ばしてしまうんです。じっとりと重い綿布団に押しつぶされるようにして寝るのが良いみたい。思い返せば子供の頃から、こういう重い布団で寝ていました。ほとんど座布団のような固さの掛け布団を愛用し、周囲に呆れられたような記憶もあります。そんなのが身体に染み付いているのでしょう、どうにも羽毛布団の軽さはダメです。というわけでしばらくは、綿布団&分厚いアクリル毛布をひっかぶり、重いけど快適、などと相反する事を考えながら眠るのでしょう。早く慣れるといいなぁ。

09/10/08(Thu)

夜中は随分雨の音が激しくて、大丈夫かな?と思ってましたけど、夜が明けると雲もだいぶ切れ、日の光が戻ってきました。強風は残ってますけど、午後には通常のお天気に戻るんじゃないでしょうか。停電だとか、床上まで水がとか、そういう非日常的なイベントに憧れる私としては、ちょっと期待はずれ。床上浸水はともかく、10分くらいなら停電があってもよかったのに…。まぁ、夜中でしたからあっても気付かなかったでしょうけど。

最悪の場合、今日は家で仕事をすることにしようと思っていたのに、コレじゃ普通に出かけられてしまうではないですか。都会人の生活というのは、実につまらないですね。ただし、庭は強風で吹き飛ばされた落ち葉で一杯。今日は流石に無理ですが、明日は広い甲斐のある一日になりそうです。あ〜っ、たまには“今回の台風は骨があった”ってなイベントになりませんかねぇ。不謹慎極まりないですけど。

09/10/07(Wed)

最近、うちの食卓には納豆が欠かせません。で、ちょっと悩んでいるのが容器の処理。私が今買っている納豆の容器は、発泡スチロール製。ゴミの分類で言えば、リサイクルゴミの一つです。でも、流石に納豆のネバネバをつけたままは出せませんし、第一そのまま週一の収集日を待っていたら、部屋中に納豆臭が充満してしまいます。そこで、洗うわけです。納豆のネバネバを手っ取り早く落とすには亀の子だわしが一番です。コレを使えば洗剤不要、水だけでピカピカになります。が、たかがゴミにそこまでする必要があるのかといつも悩むんですね。

リサイクルじゃなくて、燃えるゴミの方に入れてしまうのなら、洗浄は不要。そのままゴミ箱に放り込み、週二回くる可燃ゴミの日に出してしまえばオッケー。実は総合的に見ると、そっちの方がエネルギー消費が少ないんじゃないかとも思ったり。まぁ現状は、何となくゴミを減らすという表面的な自己満足に負けて、リサイクルゴミに出してますけど。この辺、実は結構難しい問題なんじゃないかなとも思ったり。

09/10/06(Tue)

週末まではずっと雨続きというのが今週の天気予報。全体的にあんまり嬉しくない予報ですが、嬉しい部分もちらほら。スーパーでの買い物が安くなるんです。私が最も利用しているスーパーは、個人商店に毛が生えたようなレベルの店なので、大きい店よりも価格の設定が弾力的です。雨が降ると当然お客さんが減ります。乾物やレトルト食品など、賞味期間の長いものはいいですが、生鮮食料品などはそれでは困ります。そんなわけで、値段をぐっと下げて、売り切ってしまおうという行動にでるわけです。

正直、雨の日は私も、スーパーに寄らずに直接帰宅したくなる気分が満々。しかしそこをぐっと我慢して足を伸ばすと、入れ食い状態になっているわけです。先日の戦利品は、キュウリ8本100円・人参小が約10本で98円。流石にコレ、採算が取れないだろうと思うのですが、いち顧客に過ぎない私には関係ありません。店には悪いですが、たまには雨が続いてほしいなぁと思う今日この頃です。

09/10/05(Mon)

昨日の日記に書いた通り、貴重なお日様の光を有効利用しての洗濯は成功。雨の降り始めは予想よりやや遅れそうですが、空は順調に曇天です。部屋の中ではほぼ着たきり雀な私。部屋着を洗濯する際にいつも思うんですが、特に上着、汚れる場所ってほぼ決まっています。袖口と首周りで9割以上。ちょっと着過ぎた?と思って鼻をつけてみても、この二箇所意外は結構平気だったりします。そこで、ココだけ分離して取替え・洗濯できる服があると、洗濯物の量も減っていいなぁと思ったり。

実際、少なくとも袖口の方はあるんですよね。シャーロック・ホームズの中で、ホームズが紙の持ち合わせが無いのか、袖口にメモを取るシーンが出てきます。当時のシャツは袖口や襟の部分だけ外して洗う事が出来たとどこかで読んだことがあるような気がします。当時は洗濯・アイロンといっても今よりもずっと大変だったでしょうから、生活の知恵とも言うべきでしょうか。汚れる速度が違うんだから、洗うタイミングも変えたいと思うのは、ケチな私でなくても自然な流れなのでは。

実はこの洗濯のタイミング、いまだに私を悩ませるネタでもあります。下着類は毎日機械的に洗濯籠に放り込むので問題ないのですが、シャツやジーンズなど。一回着たら洗うのではなく、気になってきたら洗うもの(またはクリーニングに出すもの)。何回着たら洗濯すると決めておくのが一番確実ではありますが、まさか服の内側にメモを貼り付けておくわけにも行かず、カウントの方法を樹立できません。かといって、気になったら洗うとしておくと、洗濯物を増やしたくないという面倒臭がりの心から、ついつい洗うスパンが長くなってしまいがち。こまめに洗うのが一番とは分かっていても、根が不精なのは治らないんですよね。

09/10/04(Sun)

私のような暮らしをしていると、お天気というのは非常に重要になってきます。洗濯物は勿論ですが、食品類の乾燥保存の長期計画のためにも、情報は必須。そんなわけで、うちのブラウザのお気に入りには東京の週間天気予報のページが入っています。今や、ロハスな生活にもテクノロジーは必要なのですよ。

それはともかく、来週の東京のお天気は火〜金びっちりと全て曇時々雨。今日はかろうじて曇時々晴れなので、いつもなら月曜日がスケジュールレギュラーの洗濯は、今日に回した方がよさそうです。布巾の漬け置きとか下準備をしていないのが今更ながらに悔やまれますが、まぁ仕方なし。ということで午前中は部屋の掃除して、洗濯機回して、スーパーの日曜朝市に行って…、下手すると平日よりも忙しいかも。まぁ、ハウスキーピングは嫌いじゃないんで、いいんですけどね。

09/10/03(Sat)

たまにですが、米を水に浸してご飯を炊く準備を万端済ませておきながら、炊飯の作業そのものをぽっかりと忘れてしまう事があります。ご飯のストックが冷蔵庫の中にあると思い込み、おかず・味噌汁その他諸々を全部テーブルの上にそろえた時点でご飯が無い…これは相当の心理的ダメージとなります。まぁ、私が忘れっぽいのが一番悪いのですが。そこで、それを防ぐためにしているのが、鍋をコンロにかけておくこと。うちでは基本、使った鍋はシンクの下の定位置に片付けます。それを敢えてコンロのうえに乗っけておく事で、一種のブロックサインにしているわけです。

まぁ、メモを書いてしまえば一番手っ取り早いともいえるのですが、メモだと小さいので、そもそも見ないという可能性も考えられます。ですから、こういうブロックサインの方が適任なんです。コレ、他にも色々応用が利きます。何かをそれをいつもは絶対に置かないような場所に置く、置き方をすることによって、それを見た時に用件を連想させるんです。洗濯籠を玄関の所に出しておく⇒絶対洗濯とか。

ただしコレ、やりすぎると部屋がグチャグチャになります。また、その光景が目に馴染んでしまうとブロックサインにならないので、日常的には使えません。あと、ある程度部屋が片付いていないと、カオスにブロックサインが埋没してしまうので、これまた使えません。色々制限のあるやり方ではありますが、結構便利かなと自分では思っています。

09/10/02(Fri)

結局昨日は血中糖度がちっとも下がっていないような気がしたので、夕食は抜きました。私、こんな日記を書いてるんで、さぞかし食べる事に執着があるだろうと思われがちですが、実際はそうでもありません。むしろ、計算どおりに常備菜が減らないで、傷んでしまう方が嫌ですが、気候が随分涼しくなったので、そっち方面はあんまり心配せずに済むようになったのが嬉しいです。

人間なんて、たまに一食や二食抜いたって死にはしません。水無しだと流石に脱水症状という非常に不味い状況に陥りますが、食事の方は大丈夫。私とて好き好んで食事を抜いたりはしませんが、こういう時はいっそのことスッパリ一食抜きにした方が、胃も疲れずにいいのです。ただし、やっぱりお腹がすいたな〜と寂しい気分になったりはしますので、熱いお茶を飲んでからいつもより早めに寝てしまう、コレに限ります。というわけで、今朝はいい感じに空腹。お腹に入れるお菓子ももはやありません。これなら、お昼ご飯がとっても美味しそうです。

09/10/01(Thu)

知り合いから和菓子セットを貰いまして、ちょっと困っています。以前書いたように私は餡子嫌い。でも、セットに入っているのはミニ羊羹・最中・ドラ焼き…、全部餡子系ばかり。それだけでも悪夢なのですが、それに追い討ちをかけるのが私の面倒臭い性格なんです。好きなもの…たとえば果物系でしたら、一日に半分ずつとかペースを決め、キッチリそれを守る事が出来ます。もうちょっと食べたいから今日は一個丸ごと食べてしまおうとか、そういう事は100%ありません。しかし、嫌いな和菓子系統になると、何故だかコレが逆になるのです。とにかく早く食べきりたい、目の前から処分してしまいたいという意識が働き、どんどん食べてしまう。

おかげで昨夜はセットの軽く2/3を食べきってしまいました。今朝から胃が痛くて、お昼ご飯も美味しく食べられなさそう。自分のアホさ加減に本当、呆れてしまいます。普通は逆なんですけどね。好きな果物を食べ過ぎた、嫌いな和菓子はちっとも減らない、というのが通常の流れだと思うのですが、何故私はそれが反対なのでしょう。あれだけ山のようにあった和菓子は既に残り僅か。おそらく今日中になくなってしまい、明日の朝も胃の調子が悪いのでしょう。分かっていれば避けろよと思うのですが、今まで成功したためしがありません。

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